[レビュー][旧記事] Larsen-Freeman (2002)を長めにまとめる(2)
誰が読んでくれるのか分かりません存外多くの人が関心もってくれて逆にプレッシャーかかるのですが,
のまとめの続き。
文法構造の選択
- Attitude: Psychological Distance, Assessment, Politeness, Moderation, Deference
- Power: Importance, Gender, Assertiveness, Presumptuousness, Conviction
- Identity: Personality, Age, Status, Group Membership and Discourse Communities
という具合。
確かに全体としての趣旨は,命題内容が同じ文でも形式が異なれば語用論的効果が異なることの例示であり,Larsen-Freeman (2002)自身が最初に下位カテゴリーに多くの重複がある事を断っている。しかし,大竹(1998)がLeech (1983)の丁寧さの格率について指摘しているのと同様に,これではちっぽけな社会的・機能的要因が言語使用に認められるたびごとに,それを整理する新しいカテゴリーを立てるという可能性を排除できない。教育内容構成の理論的枠組みとするには,選択の背後にある共通した語用論的原理が必要だと言える。
以下では,使い分けの体系のモデルとしての分類上の問題は措き,文法教育の内容としてどのような選択があるのか,それに対してどのような興味深い説明が可能なのかという観点から,各(下位)カテゴリーの説明・例示を検討する。基本的には引用。
1 態度
態度の下には,心理的距離・査定・丁寧さ・和らげ・如才なさ・敬意の6つの下位のカテゴリーが設けられている。
1.1 心理的距離
心理的距離は,例えば次の例で示される。Johnは,Maureenがボルボを所有していることを単純現在時制で報告しているが,過去時制を用いて同じ命題内容を伝えることもできた(Maureen had one)。そこで,Anneはこの発言から,彼がまだ元カノを心理的に近い存在に感じているのではないかと推論し,その未練がましさを責めているのである。John、涙目。
- (7)
- Anne: Jane just bought a Volvo.
- John: Maureen has one.
- Anne: John, you’ve got to quit talking about Maureen as if you were still going together. You broke up three months ago.
逆もある。例えば,話し手が(いま嗅いだ香水など)「物理的には近いものを心理的に遠いものとして示したい」という場合,次のように,指示代名詞thatを――その指示対象は物理的には近いにもかかわらず,心理的に遠いものとして,おそらくはそれに対する難色を示すために――選び得る(Yule 1996: 13)。
- (8) I don’t like that.
1.2 査定
査定は,心理的距離と密接に関連するカテゴリーである。‘so-called’や‘allegedly’と言った特定の語彙形式を用いて他者の主張から自分を遠ざけるのはアカデミックな談話における古いテクニックであるが,次のように,文法形式が同じ用途で用いられることがある。
- (9) Smith (1980) argued that Britain was no longer a country in which freedom of speech was seriously maintained. Johnson (1983), though, argues that Britain remains a citadel of individual liberty.
つまり(9)の時制の対比は,それぞれの議論についての著者の査定を表すために用いられており,Smithの議論がもはや注目に値しないということを過去時制で,Johnsonの議論には現実味があり今も妥当なものだということを現在時制で表現しているというわけである(Smithの位置づけにdemonstratedという動詞を用いていたら,著者の見解についてのわれわれの理解は異なっていたかもしれないが)。
1.3 丁寧さ
丁寧さの例としては法助動詞の対人関係的用法の選択が分かりやすい――(10a)のほうが(10b)より丁寧だとみなされる――が,この選択が法助動詞に限られないことを(10c)-(10d)は示している。この過去時制は,過去時を示すために用いられているのではなく,何らかの距離を示すことで,申し出を直接的でなくするために用いられている。そこから丁寧さがもたらされるのだ。
- (10)
- a. Could you help me with my homework?
- b. Can you help me with my homework?
- c. Did you want something to eat?
- d. Do you want something to eat?
申し出における決定詞someとanyの選択についても類似の対立が存在する。(11a)-(11b)の場合,肯定的解答を期待するsomeの方が――「食べてもいいし食べなくてもいいし」という勧め方よりは――丁寧だということになる。
- (11)
- a. Would you like some cake?
- b. Would you like any cake?
- c. Do you have some friends in Kyoto?
- d. Do you have any friends in Kyoto?
しかし,この丁寧さが‘some’と‘any’の選択について固定的なものではないことに注意が必要だろう。実際(11c)-(11d)ではふつう,いてもいなくても構わないというanyの方が――友人の存在を前提にするような問い方よりは――丁寧である。Larsen-Freeman (2002)も指摘しているように,丁寧さだけで‘some’と‘any’の選択を説明することはできない。例えば(12a)はある文脈では「(聞き手にとって有益な)交換条件」を表し,他方で(12b)は「脅し」となる。
- (12)
- a. If you eat some bread, I’ll cook hamburgers all week.
- b. If you eat any bread, I’ll cook hamburgers all week.
1.4 和らげ
三人称の不定代名詞が,二人称での非難の直接性を和らげるために用いられることがある。(13b)の話し手は,実際は誰が散らかしたか知っているのかもしれないが,不定代名詞somebodyを用いることで特定の人をささないようにして問題を和らげている。
- (13)
- a. You didn’t clean up.
- b. Somebody didn’t clean up.
1.5 如才なさ
比較をする際には一般に,形容詞が否定極性のものである場合,比較級より原級(as … as)の否定を用いるほうが如才ないとみなされている。例えば(14)のように,比較級で「の方がバカ」と言ってしまうよりは,原級の否定で「ほど利口ではない」と言う方がいくらかは間接的になり,(失礼には違いないが,程度問題として)失礼ではなくなる。
- (14)
- a. Moe is dumber than Curly.
- b. Moe is not as intelligent as Curly.
1.6 敬意
敬意とは,「文法的に示される話し手の態度が聞き手に影響を与える要因となる」ということを言わんとした下位カテゴリーである。ここでは,Close (1992)の説明を借りながら,次の例が挙げられている2)。
- (15)
- a. I hope you will come and have lunch with me.
- b. I am hoping you will come and have lunch with me.
Close (1992)によれば,多忙で尊大な人であれば(15a)を僭越だと感じて誘いを断るかもしれないが,(15b)なら十分敬意を表しており誘いを受けるかもしれない。他の人は(15a)に対して,確実に予定されているのだと感じて喜んで誘いを受けるかもしれないが,(15b)は予定が不確かで返事に急を要さない話だと受けとるかもしれない。Larsen-Freeman (2002)は「敬意」を態度の下に設けつつも,(15)の選択を条件づけるのは次で取り上げる「力関係」なのかもしれないと述べている。
…続
注
2. 丁寧さとはっきり区別するために「(意思の)尊重」と訳した方がよかったかもしれないが,そもそもLarsen-Freeman (2002)が明確な定義・区別を与えていないので,文意の通りやすい「敬意」を訳語とした。
参考文献
- Close, R. A. (1992). A Teacher’s Grammar: The central problems of English. Language Teaching Publications.
- Leech, Geoffrey N. (1983). Principles of Pragmatics. New York: Longman.〔池上嘉彦・河上誓作訳(1987)『語用論』紀伊國屋書店〕
- Yule, George (1996). Pragmatics. Oxford: Oxford University Press.
- 大竹政美(1998)「院生・学生への研究指導と私の言語教育研究の現状と課題」『研究と教育の報告』北海道大学教育学部,4: 52-5.