[本072] 大名『英語の綴りのルール』
英語の先生はぜひ英語科準備室、もしくは職員室に常備しておこう。
- 大名 力 (2021).『英語の綴りのルール』研究社.
Gmailでメールを書いていると綴りがサジェストされ単語を全て綴る必要はなく、Wordで文書を書いていれば綴りのミスを指摘してくれる時代ではある。しかし、ふとした時に「あれ、controlledだよな?control? controll?」と迷ったりすることはないだろうか。tillはlを重ねないとWordに赤い波線で怒られるが、untilは逆に重ねると赤波線だ。一つひとつのcellに入力していくが、そのアプリケーションはExcelであってExcellではない。フランチェスコから来ていると考えれば済む話だが、Francisと綴りながらcrisisなどがチラついて、あれFransisだっけとググって確かめたりする。
こういうところで「なんでだろう?」と思っている生徒は少なくないと思う。だから、先生なんで?と訊かれた時に答えられるよう、本書を持っておくとよい(30節)。ちなみに、この話は、thankやdeskのように語末をkと綴るのか、trickやstickのようにckと綴るのか、はたまたplasticやpublicのようにcと綴るのかという話とも関連している(31節)。/k/の綴りにはuniqueなんてのもあるから厄介だ。
英語教師を目指す者ならば、と同著者の
- 大名 力 (2014).『英語の文字・綴り・発音のしくみ』研究社.
を「英語教師になる人のためのブックリスト(私家版)」に挙げてきた。歯応えは現状のリスト中唯一の★4つ。というよりも、本書を通読して自家薬籠中の物にできる人は、こうしたリストや私のアドバイスなどそもそも不要で、自分で必要な文献を手にして学んでいける人ではないかと思う。それぐらい自律的なタフさが求められる一冊だ。
『英語の綴りのルール』はとても読みやすい。上のFrancisやuniqueもそうだが、単語の綴りには英語の歴史的経緯が反映されている。例えば「語末ではiやuが使えない」という原則を説明すると(36節)、生徒はすぐにskiやtaxi、spaghettiなどの例外を見つけそうだ。そうした例外には借入語や最近作られた語という事情がある。しかしその事情を丁寧に説明しようとすると長くなるし、注意しないとpedanticな説明に陥って学習者の気持ちが離れてしまいかねない(それが好きという学習者もいるにはいるけれども)。本書は、各節を1、2ページにまとめてくれている。必要最小限の例でコンパクトにするのは並大抵のことではなく、本書の最もすごいと感じるのはここだ。最後には全80節のポイントが5ページにまとめられている。単語の索引も付いている。だから、先生方がこれを手元に置いておけば、生徒が質問に来た時でも授業準備の際でも「えーと、それはね、ちょっと待って」と開いて確かめることができる。
綴りのことだけならば機械が自動で指摘・修正してくれるし、そこまで神経質にならなくてもいいんじゃない?と思うかもしれない。しかし、例えば-ingや-edなどの接辞を付けてできる語の綴りについて、beginningとnを重ねる場合とvisitingとtを重ねない場合の違いは何かということになると、強勢の有無や位置、開音節・閉音節(の維持)といった発音が関わってくる(68節)。hoppingとhopingという綴りを見てそれぞれhopとhopeを対応させられる知識には、頭の中で音声化できることも関与しているだろう。そしてそれが何らの整合性・体系性を持たず噛み合っていない時、綴りの正確さが問われていない時でも学習者は少なからず(あるいは本人もそれと意識しないレベルで)イライラしているのではないかと思う。
そして、試験においてhopingのつもりでhoppingと綴っていたり、hoppingのつもりでhopingと綴っている答案を、「まあ大したことではない。通じる通じる」と最後まで流し続けられる先生は多くないだろう。何らかの形で減点するのであれば、その説明だけですぐに誤りがなくなるわけではないとしても、フィードバックを返せるようにしておくのは教師の責任である。だとすれば、本書は間違いなく英語を教える者にとって必要で、有益な一冊だ。
『小学校で英語を教えるためのミニマム・エッセンシャルズ: 小学校外国語科内容論』の章執筆を大名氏に依頼したのも同じ理由だが、教員養成課程の言葉で言えば教科専門の面目躍如。教員養成課程を置く大学は図書館に最低でも数冊入れてよい(先日別の記事で言及した堀田, 2021と同じ話も59節でコンパクトに言及されている)。