[本102] 大津ほか『言語研究の世界』
大津先生からのいただきもの。
- 大津 由紀雄・今西 典子・池内 正幸・水光 雅則(監修)、杉崎 鉱司・稲田 俊一郎・磯部 美和(編) (2022).『言語研究の世界: 生成文法からのアプローチ』研究社.
昨日も学生・卒業生と話していたことだが、言語学・英語学の本(特におもしろいもの)は、雑念がないときに集中して読みたいという思いが常にある。他の分野、例えば教育学や英語教育、心理学、社会学などの本は、自分の授業や実践研究につなげて読めるので、日常と連続していて構わない。その他の、例えば生物学や情報科学のような専門外の分野、あるいは(モノにもよるが)文献学や哲学の本なども、読み物として楽しめるので原稿からの逃避でむしろぐいぐい読んでしまう。言語学・英語学は、そのどちらでもなく、すぐに考えがまとまらずむしろグルグルすること、明日役に立つとは限らないことを承知の上で、滋養として自らに染み込ませたい分野なので、読み流したくないのである。
ということで、前期の終わりが見え、『言語研究の世界: 生成文法からのアプローチ』にある程度の時間と集中を注いで読むことができた。読み応えがすごい。
読みやすく、コンパクトに考え方や基本的な概念を導入してくれる第Ⅰ部の2章(初学者はここを読むだけでも得るものが多いだろう)の後、第Ⅱ部は伝統的な言語学の領域区分に沿って、音声学・音韻論、形態論、統語論、意味論、語用論を扱う章が順に並ぶ。この第Ⅱ部のスタートとなる第3章で抽象度が爆上がりする。だが、いやだからこそ、ものすごくおもしろかった。生成文法にまだ馴染みのない人や、姉妹編というか旧版の『言語研究入門: 生成文法を学ぶ人のために』を読んでいない人は違った感想を持つかもしれないが、私は、複雑になり過ぎない具体例を通じて極めて抽象度の高い話を展開している音声学・音韻論(第3章)、統語論(第6章)、意味論(第8章)の章が全体を通じて最もおもしろいと感じた*1。統語論・意味論についてはその前の章で予備的解説をくれるので、必ずしも他の本を読んでいないと読み進められないわけではない。
各章はそれほど長くないが、素朴な例からグイッと難しめの文献で論じられているようなトピックへと話を持っていく。その点で感心したのは、上記の各章や、形態論(第4章)や第一言語獲得(第10章)などに見られる例の良さ(大事なポイントがつかめるよう、簡潔にして要を得たものとなっていること)だ。ここには、数多くの分かりにくい例文や分かりやすい例文に触れ、かといって自分たちが読んできた概説書で手垢のついた例文を使いたくはない著者たちの工夫と世代感覚が垣間見える。
第15章(言語の起源と進化)も、池内先生の開拓社の文献一冊を読むのはしんどそうだが…という人には便利だろう。この章と水光先生のエッセイは、言語学に関心がなくても、順を追ってじっくり考えるということの楽しさや難しさを教えてくれる文章となっていてオススメだ。
各章は、文章として、あるいは内容として分かりやすい順に並んでいるわけではないが、全体の構成はよくよく考えられたもので、終章でそのことがさらに実感できる。ただ終章は正直、理論言語学の詳しい人に解説してもらいながら読みたいと思った(私の場合、幸い同僚がいるので、次回の酒のネタになるのは必定)。一人で読んで分かった気になるのはもったいない。学部生では本書を通じて一人で読むのに限界があるかもしれない。大学院生は本書を読み通すことを一つのゴールにしてもいいだろう。でも、どちらもゼミや授業で議論しながら読んだり、自分なりに考えて、先生をつかまえては「これってこういうことですか?」と訊きながら読むとよい文献だ。岩波講座「言語の科学」や「現代言語学入門」が実質的にアップデートされたことを感じた。
*1 具体的に言えば、音声学と音韻論の関係と役割分担について、これほどスッキリした説明を今まで読んだことなく、エレメント理論についてはすぐに詳しい人にもっと話を聞きたいと思っているほど。統語論についても、連続循環性やかきまぜについて、これほどコンパクトに、分かりやすい説明が書けるんだと驚いた。意味論は卒論・修論・博論で読んでいた文献を思い出しつつ、純粋に楽しんだ。改めてsomeやeveryの指導プランを考えたくなる。