[レビュ−081] 福田・矢野・田村『第二言語研究の思考法』
- 福田純也・矢野雅貴・田村祐 (編) (2023).『第二言語研究の思考法: 認知システムの研究には何が必要か』開拓社.
知り合いが編んでいるからということを抜きにして、分野にとって重要な洞察と示唆が多く含まれた好著。第二言語研究についてこういう本が読みたいと思っていた。ただしドメイン知識(当該分野の専門的知識)はそれなりに要求される文献なので、願わくば読み流さずにじっくり咀嚼されたい。この分野を専門とする者が授業のテキストとして解説しながら講読したり、学生・院生が引用されている論文を参照しながら読書会などで読んでいくとかなり勉強になると思う。
そう評価するのは、過去から現在に至るまでの先行研究を(だらだらと網羅的・権威主義的にではなく)批判的にマッピングしながら、著者たちの考える第二言語研究の課題と展望を明確に示してくれているからだ。今後、国内の当該分野で長く参照されるマイルストーン的文献になるだろう。個人的な所感を挟めば、第4章が抜群に面白く、白畑(編) (2004)『英語習得の「常識」「非常識」』や若林(編) (2006)『第二言語習得研究入門』を読んでいた院生時代から分野がグッと成熟したことを勝手に如実に感じた。
欲を言えば、著者たちが考える第二言語研究の射程をもっと明確に打ち出してもよかったのではないかと思う。別の言い方をすれば、特に第4、5章において示唆されているのではあるが、認知システムの中でL2に注目することの意味や“L2”とは何なのかがそれほど語られることなくスルッと本論に入る。と思って、後日
- リディア・ワイト(千葉・グレッグ・平川(訳))(1992).『普遍文法と第二言語獲得: 原理とパラメータのアプローチ』リーベル出版.
を久しぶりに手に取ったら、巻頭に付された大津先生の序言にまさにそういったことが大津先生らしく書いてあって、時代とキャラの違いかなと思いもした。
CAFを自明視する研究の問題点など鋭い指摘も随所にあるので、何は本書の対象とする第二言語研究ではない(「ではない」に傍点)かを強めに語って欲しかった気持ちもあるが、終章の穏当な引き取り方が著者たちの着地の仕方であり、本書全体が、『英語教育のエビデンス』において認知的メカニズム解明志向の研究に不躾に放り投げた玉への柔らかな返球である。そうした研究者としての振る舞いにも敬服するばかりで、この感想を認めた次第。
細かいところでは、第5章で「島の制約」について丁寧な解説があるが、第3、4章には解説なしでスッと出てくるので(その辺がドメイン知識を要求する文献たる所以)、相互リファーないしは導入の順序を工夫できるとよかったかな。いろいろ知っていると、とにかく面白く読めたけど。